航空業界のDX ~ Modern Airline Retail(MAR)入門~
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インプットポイント
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- MAR の概要について理解することができる
- 航空会社のMAR の取り組みについて具体的に知ることができる
- MAR を通じてどのように航空券販売の体験が変わるのかを理解することができる
飛行機のチケット購入の仕組みは、ここ数年で大きく変わり始めています。
これまでの航空券販売といえば、航空会社が提示する「運賃表」に基づき、旅行代理店やオンライン予約サイトを通して購入するのが一般的でした。しかし近年では、デジタル化の進展に伴い、航空会社自らが主体となって「どのような商品を、どのようにお客様に届けるか」を設計できるようになる流れが加速しています。
この変化の中心にあるのが、IATA(国際航空運送協会)が提唱する 「Modern Airline Retail(MAR)」 という新しい概念です。
MARは、航空業界の販売モデルそのものを、小売業のように変革していく取り組みを指します。従来の
「航空券を販売するだけの仕組み」から、より柔軟で顧客志向の「商品を設計・提供する仕組み」へと移行する、大きなパラダイムシフトだと言うことができます。
今回の記事では、MARの基本的な考え方と、各航空会社の具体的な取り組み事例、航空券販売の将来的な展望についてご紹介します。このMARという概念は、日本ではまだあまり取り沙汰されていないテーマですが、今後の航空業界を理解する上で欠かせない知識となるはずです。ぜひ読み進めていただき、みなさまの今後のビジネス活動に少しでも役立てていただければ幸いです。
MAR:航空券の小売化の取り組み
MARを一言でいうと、「航空業界を、小売業のように進化させる取り組み」のことです。
従来、航空業界における航空券の販売は、「PNR(予約記録)」「E-ticket(電子航空券)」「EMD(付帯サービス証票)」など、複数の仕組みを組み合わせて管理してきました。この方式は長年業界標準として使われてきましたが、他方で、以下のような課題を抱えています。
- 商品設計の柔軟性ー運賃や付帯サービスが細かく決まっており、組み合わせや価格の自由度が低い。また、需要に基づく柔軟な価格変更が仕組み上難しい。
- 顧客体験の分断ー航空券、追加の手荷物、座席指定やその他追加サービス等が別々に管理されており、顧客からすると複数のチケットや証票を管理する必要があり、顧客体験が分断されてしまっている。
- 複雑なシステム体系ー現状のチケット販売では、EDIFACTと呼ばれる古い通信規格を使用しており、新しい販売モデルに適応しづらい。
上記のような制約を克服するために、IATAが提唱したモデルが、「Offers & Orders モデル」 です。
このモデルでは、従来のPNRやEチケットといった仕組みを段階的に廃止し、代わりに以下のような考え方を導入します。
- Offer(提案)ー航空会社が、顧客に最適化された運賃・サービスの組み合わせを提示する。
- Order(注文)ー顧客が選んだ内容を「ひとつの注文」として一元的に管理する。
つまり、「顧客ごとにカスタマイズされた商品を提示し、それをシンプルに注文・管理する」という仕組みです。
これにより、航空会社は小売業のように「自由に商品を設計して販売する」ことが可能になり、旅行者にとっても「よりわかりやすく、自分に合った旅」を実現できるようになります。
MARは単なるITシステムの更新ではなく、航空業界における販売・流通のルールそのものを刷新する取り組みです。次章では、MARをより理解するための具体的な概念・用語について説明します。
MARの3つの柱
MARを理解する上で欠かせないのが、IATAが提唱する 「3つの柱」 です。
1. NDC(New Distribution Capability)
NDCは、IATAが定めた新しい通信規格です。
従来の航空券販売は「EDIFACT」という古い通信規格に依存しており、価格や商品を柔軟に設計することが難しい状態でした。NDCに切り替えることで、航空会社は自社主導で「商品の設計」と「価格設定」ができるようになります。例えば、航空券とホテル・送迎サービスをセットにして提示したり、顧客の嗜好に合わせて特別なパッケージを提案したり、といったことが可能になります。また、代理店においても、NDC経由で航空会社から直接提供される多様なOfferを扱うことができるため、従来よりも幅広い選択肢を顧客に提案できるようになります。つまり、小売業のように“自由に商品をつくって販売できる”基盤を提供するのがNDCです。
2. ONE Order
ONE Orderは、予約から支払い、付帯サービスまでを 「ひとつの注文(Order)」 にまとめる仕組みです。これまでは、航空券は「PNR」、搭乗券は「E-ticket」、手荷物や座席指定は「EMD」といった具合に、システムの制約上バラバラに管理されてきました。その結果、顧客の観点では管理が複雑となり、航空会社や空港の観点から見ても、システム・業務負荷が大きいのが実情でした。
ONE Orderでは、それらをひとつのOrder IDで一元的に管理できるようになります。これにより、航空会社と旅行者の双方にとって「わかりやすく、シンプルな体験」が実現されます。
3. 100% Offers & Orders
最終的にIATAが目指しているのが、この「100% Offers & Orders」です。
NDCとONE Orderを段階的に導入することで、航空券販売や予約だけでなく、空港業務・会計システム・顧客サービスまでを、すべてこのOrder基盤に統合していく構想です。これにより、将来的には「航空会社の基幹業務がすべてOrderを中心に回る」という世界観が実現します。
まずはNDCによって「Offer」部分を変革し、次にONE Orderによって「Order」部分を変革するといったように、段階的に上記の仕組みを導入していくことで、最終的に「100%Offers & Orders」の世界を実現するための道筋となっています。
各航空会社におけるMARの具体的な取り組み
MARは、既に世界各地で実装が進みつつあります。ここからは、国内外での実際の航空会社の取り組みをご紹介します。
■海外の航空会社の取り組み
MARの取り組みにおいては、欧州の航空会社が最も先進的に取り組んでいます。特に、ドイツのルフトハンザ航空やフィンランドのフィンエアーは、MARの先駆者な立ち位置として、NDC機能の実装数においても世界的に上位に位置づけています。
ルフトハンザグループ(ドイツ)
ルフトハンザグループは、NDC機能を最も多く実装しており、2025年2月時点で49機能と、機能数では全ての航空会社の中でもトップに位置づけています。
また、ルフトハンザ航空は、世界で初めてIATAから「ONE Order」認証を取得しており、配下のルフトハンザシステムズが、独自でONE Orderの仕組みを構築。今後他の航空会社にも積極的に展開していくと述べています。(図1)

フィンエアー(フィンランド)
ルフトハンザ航空と同様にNDC機能を積極的に実装しており、2025年2月時点で44機能を実装、航空会社全体で7位に位置づけています。
またフィンランドエアーは、2025年5月、世界で初めてONE Orderの実運用を開始しています。現状は公式サイトからの予約のみで、航空券+付帯サービス(座席・手荷物・Wi-Fi・ラウンジ等)を選択可能。今後地上交通やホテル等にもサービスを拡充し、将来的には旅行代理店等の他社チャネルにも運用を広げていくとしています。
▶参考プレスリリース:https://company.finnair.com/en/media-centre/all-releases/news?id=0424502784FD83DE
■日本の航空会社の取り組み
JAL/ANA
日本の航空会社であるJAL・ANAも同様にMARの取り組みに参画しています。
一方で、現状では欧州の航空会社ほど取り組みが進んでいるわけではなく、NDCの機能実装数では、JALが22機能で全体の32位、ANAは27機能で全体の23位となっています。(2025年2月時点)
▶NDCの機能導入数における参考URL:https://www.altexsoft.com/infographics/ndc-airlines-list/
このように、各航空会社におけるNDC機能の導入状況やMARへの取り組みには、国や企業ごとに大きな差があります。欧州のように先行して実装を進めている事例がある一方で、日本ではJALやANAも着手はしているものの、本格的な展開はこれからといえます。
今後、IATAが掲げる「100% Offers & Orders」に向けて、各社がどのように取り組みを加速させていくのか、その動向に注目が集まります。
まとめ:MARで航空業界は今後大きく変わる
ここまで、MARの基本的な考え方や、重要な3つの柱、そして海外と日本の取り組み状況についてご紹介してきました。現状では、まだ「100% Offers & Orders」を実現できている航空会社はいません。ただ、この「100% Offers & Orders」の世界が実現すると、航空業界の姿は大きく変わると考えています。
まず、航空会社は“小売業”のように顧客体験を設計できる存在になります。たとえば、同じ路線でも「家族旅行向けプラン」「ビジネス出張向けプラン」など、顧客属性やタイミングに応じた最適なパッケージを提示することが当たり前になります。
また、旅行者にとっては、自分に合わせて柔軟に旅行体験が提案されるため、極めて充実した顧客体験となります。従来のように「一律の運賃表から選ぶ」のではなく、必要なサービスを自由に組み合わせ、わかりやすく注文・管理できる環境が整います。
さらに、Order基盤は航空券販売だけではなく、空港のオペレーションや会計システム、カスタマーサービスなど、航空会社のあらゆる業務を統合することができ、業界全体の効率性や収益性の改善にもつながります。つまり、MARは、単なるシステムの刷新ではなく、航空業界全体のビジネスモデルを「リテール化」する革命だと言うことができます。
日本においては、まだまだMARは導入フェーズにありますが、国際的な流れは避けて通れません。今後数年で日本の航空会社や空港も本格的に取り組みを加速させていくと見込まれ、注目が集まることになりそうです。今回の記事を読んで、ぜひ皆さまの今後のビジネスや旅の在り方に活かしていただければ幸いです。
Profile

2023年から株式会社ファーストデジタルにジョイン。




