「作れる」だけでは足りない、AI 時代の内製化
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インプットポイント
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- AI で内製できても、判断や設計の知見が社内に残らない構造がわかる
- 内製の価値を「作る力」と「知見」に分けて捉え直せる
- 内製か外部委託かを、「作れるか」より「知見をどこに残すか」で見直す視点が得られる
生成 AI の普及で、これまで外部に頼っていた開発や制作を、自分たちの手で進められる場
面が増えた。社内の申請フォーム、部門ごとの集計ツール、小規模な業務アプリ。以前な
ら見積もりを取って外部パートナーに発注していたものが、担当者自身の手で形になる。
試作の段階にとどまらず、実際の業務で運用するところまで踏み込む例も出てきた。「自
分たちでも作れる」という手応えは、内製化を検討する現場にとって確かな追い風になっ
ている。
ところが、作れるようになったはずなのに、内製化で本当に欲しかったものが手に入っ
た、という手応えはなぜか薄い。目の前には、出来上がったものが増えていく。それで
も、次に似た依頼が来るたびに、毎回振り出しから考え直しているような感覚が残る。
内製化の狙いは、本来、外部への依存から抜けて、自分たちで判断し改善し続けられる状
態、すなわち自走に近づくことにあるはずだ。では、AI で「作れる」が実現したいま、内
製化する意味はどこにあるのか。作れるようになったことを、そのまま内製化の達成と考
えてよいのだろうか。
本記事では、AI によって内製化の敷居が下がった状況を入口に、これからの内製化の価値
がどこにあるのかを問い直す。作れるようになった先で、何を自社に蓄積でき、何を取り
こぼすのか。その線引きを整理したうえで、知見を自社に残すために何ができるかまで、
考えていきたい。
- INDEX
第 1 章:AI で下がったのは「作る」側の敷居だ
内製化という面で AI が押し下げたのは、主に「作る」ところの敷居である。生成 AI によ
るコード生成、文章や画像の自動作成、ノーコード・ローコードのツールとの組み合わせ
によって、これまで専門の開発部隊や外部パートナーに頼っていた作業の一部を、現場の
担当者でも担えるようになった。作る作業そのもののコストがどこまで下がってきたか
は 、 『生成AIコーディングは開発をどこまで変えるか』
(https://www.firstdigital.co.jp/magazine/1637/)でも整理した通りである。
もっとも、内製化は、作ることだけで成り立っているわけではない。何を作るべきかを決
め、出来上がったものを運用し、不具合や現場の要望に応じて直し、この先も使い続ける
かを判断する。作る作業の前後には、こうした工程が必ず伴う。AI が肩代わりし始めたの
は、このうち主に「作る」ところである。設計上の判断や、運用しながらの改善、やめ時
の見極めといった部分は、これまで通り人が担う場面が多い。
ここで取り違えやすいのは、作れるようになったことを、そのまま内製化できるようにな
ったと受け取ってしまう点である。作る工程は、目に見えるものが出来上がるぶん、成果
を実感しやすい。一方、その前後にある判断や改善は表に出にくく、成果として実感しに
くい。だから、目につきやすい「作る」が容易になると、内製化がうまくいっているよう
に見えてしまう。作る敷居が下がったこと自体は追い風だが、それを内製化の達成とみな
してよいかは、また別の問いである。作れるようになった先で、内製化の価値が実際どこ
にあるのか。その中身を、ここから分けて見ていきたい。
第 2 章:内製化の価値は「作る力」と「知見」に分けられる
内製化の価値には、二つの側面がある。一つは、システムやツールを自分たちの手で形にできる「作る力」。もう一つは、作る過程で自社にたまっていく「知見」である。ここでいう知見とは、なぜその設計を選んだのかという判断の理由、どこを押さえれば動くかという設計の勘どころ、そしてどこでうまくいかず、どう直したのかという失敗の経験を指す。作る力が「いま、目の前のものを作れるか」に関わるのに対し、知見は「次も、同じつまずきを繰り返さずに作れるか」を左右する。
AIが広く使われる前は、この二つのうち「作る力」の獲得が、内製化の主目的のように見えていた。外部委託をやめ、自前で作れるようになること。それ自体が、まず成果として数えられてきた。ただし、自前で作れるようになっても、それだけで内製化の取り組みが社内に根づくとは限らない。体制や進め方が伴わず、形だけで終わる例もある。そうした定着の難しさは、『なぜ御社のDXは失敗するのか』(https://www.firstdigital.co.jp/magazine/110/)でも取り上げた通りだ。
ここで見落とせないのは、内製化で最も重んじられてきたその「作る力」を、いまAIが肩代わりし始めているという点である。その結果、作る力を社内で持っていること自体は、以前ほど内製化ならではの強みとは言いにくくなってきた。
第 3 章:AIに任せるほど、知見は自社にたまらない
作る力がAIによって誰でも扱えるものになると、作れること自体は、もう内製化の価値の中心ではなくなる。代わりに自社に蓄えるべきは、自分たちの業務に合わせてどう設計したのか、どこでつまずき、どう切り抜けたのかという経験、つまり知見のほうである。この知見が、次の改修を的確にし、AIにどう任せればよいかを見極める土台になる。
ところが、作る作業をAIに任せるほど、その知見は自社にたまらない。たとえば、社内の申請フォームの改修をAIに任せるとする。やり取りを重ねれば、使えるフォームは出来上がる。だが、なぜその項目の並びにしたのか、どこで手こずり、どう直したのか。その判断の多くはAIとのやり取りの中だけで完結し、手元に返ってくるのは、出来上がったフォームだけとなる。次に別の担当者が似た改修をするとき、参照できる経験がない。作れたのに、その作り方を分かっている人が自社にいない。
ここに、AIで内製化することの落とし穴がある。作ること自体は、自社でできるようになったように見えるが、その作り方の判断がAIとのやり取りの中にとどまり、自社に蓄積されない。蓄積されないから、自走には至らない。作れるようになったからといって、自走に近づいたと言えるのか。
第 4 章:AIで作れても、内製化は表面だけにとどまる
AIで作れるようになっても、それだけで自走できる状態になっているとは言えない。これまで外部パートナーに任せていた作業を、AIに任せているだけの状態かもしれないからだ。外部への依存から抜けるつもりが、頼る相手が替わっただけで終わりかねない。
もちろん、外部パートナーに任せるのも、AIに任せるのも、状況に応じた当たり前の選択である。特定の会社と契約を続けるより、AIに任せたほうが身軽だとする判断もあり得るだろう。だが、内製化で本当に問われるのは、どの相手と契約するかという契約面での依存より、作り方の知見を自社で持てているかという能力面での依存のほうである。その知見、すなわち判断の理由や設計の勘どころ、失敗の経験がAIとのやり取りの中にとどまるかぎり、保守も改修も、AIが出したものの良し悪しの見極めも、自社だけでは回しきれない。
この能力面での依存は、外部委託のときよりも気づかれにくい。外部パートナーに任せる場合、作り方を分かっている相手ははっきりしていて、引き継ぎや伴走を通じて、その中身を自社の知見として蓄えていくこともできる。ところが、判断のたびにAIに相談して進めると、その作り方を自社がまとめて受け取る機会のないまま、開発だけが進んでいく。特定の会社への依存は軽くなったように見えて、能力そのものは、いつまでも自社のものにならない。
作れるかより、知見をどこに残すか
ここまで見てきたことを、一つの見方に束ねたい。AIが作る部分を引き受けるいま、内製化の価値は、作れることそのものより、作り方の知見が自社に残るかどうかにある。内製化と外部委託のどちらを選ぶかを「自分たちで作れるか」だけで測ると、肝心のところを見落とす。分かれ目になるのは、作れるかどうかより、知見をどこに残すか、である。
問い直したいのは、自分たちで作れるようになったいま、作ったあとに自社に残っているものは何か、という点だ。成果物だけが増えて、その作り方を、いつの間にかAIとのやり取りの中に預けたままにしていないか。一度立ち止まって、確かめてみる価値はある。
知見を自社に残し、根づかせるために、現場でまず始められることを三つ挙げておく。
① AIとのやり取りから、判断の理由を書き留める
作業の区切りで、なぜその構成にしたのか、AIが出した案のうち何を採らなかったのか、どこでつまずきどう直したのかを、成果物に添えるメモとして残しておく。これは、外部パートナーに任せていれば引き継ぎで受け取れたはずの中身を、自分たちで残しておく作業にあたる。
② 「なぜそうしたか」を、担当者が自分の言葉で説明できるようにする
レビューや引き継ぎの場では、動くかどうかに加えて、なぜその作りにしたのかまで確かめる必要がある。説明に詰まるところは、判断の理由がまだ自社に残っていないしるしと言える。
③ 作った本人以外が、記録だけで直せるかを確かめる
作った本人がいなくても回るかは、その成果物に別の担当者が手を入れるときに試される。その担当者が記録だけを頼りに直せれば、知見は自社のものになっており、直せなければ、どこが足りないのかを見直すきっかけになる。
こうした記録は、それ自体は単純に思えるかもしれない。だが実際には、一番疎かにされやすい。成果物がきちんと使えてしまうと、その裏でどんな判断があったかは、誰の目にも留まらないからだ。作る手間そのものはAIに任せられても、なぜそう作ったのかを書きとめる手間は、意識して自分たちで引き受けるしかない。
これらを、担当者一人ひとりの心がけで終わらせないためには、仕組みが要る。どこまでを残し、社内にどう広め、使える状態に保つか。そこまで含めて考えておきたい。その検討を進めるにあたっては、外部の伴走を得るのも一つの手だ。伴走型支援がどのようなものかは、『伴走型支援とは』(https://www.firstdigital.co.jp/magazine/838/)にまとめている。弊社も、内製化を「作れるようにする」だけで終わらせず、その過程で得た判断や設計を、クライアント企業が自らの知見として残していく支援に取り組んできた。関心があれば、内製化支援のサービスページ(https://www.firstdigital.co.jp/service/inhouse/)も覗いてみてほしい。



