リテールメディア入門~小売業の新たな収益モデル~
「リテールメディア」という言葉を耳にする機会が増えてきました。近年、小売事業会社が保有する店舗・EC・アプリなどの顧客接点を“広告メディア”として活用する動きが世界的に広がっており、小売業界・広告業界の双方から注目を集めています。
特に、購買データや顧客IDを活かして広告の効果を売上で捉えられる点や、小売事業会社が新たな収益源を確保できる点から、日本国内でも導入を検討する企業が増えてきています。
この記事を読むことで、リテールメディアの基本的な考え方や注目される背景、国内外の事例を通じた具体的な導入イメージまで、手早く理解いただくことができます。
- INDEX
第1章:リテールメディアとは?急拡大の背景
リテールメディアとは、「小売事業会社が保有する顧客接点(実店舗、ECサイト、アプリ等)を広告媒体として活用し、会員データや購買データを軸に広告配信・効果測定を行う仕組み」のことです。店舗内サイネージやアプリ内バナー、レシート配信広告など、従来の広告チャネルとは異なり「購買に至る導線そのもの」が広告媒体化されるという特徴があります。
近年、このリテールメディアの広告市場は急速に拡大しています。
国内では、2024年には約4,692億円と、前年同期比で約125%と高い伸びを示しており、2028年には約1兆845億円規模にまで拡大するという予測があります。
(「CARTA HOLDINGS、リテールメディア広告市場調査を実施」よりhttps://cartaholdings.co.jp/news/20250123_2/?utm_source=chatgpt.com)
リテールメディアがここまで注目を浴びている背景には、複数の要因があります。
特に、以下の3点は構造的な変化として押さえておく必要があります。
①サードパーティCookieの規制・廃止
従来のWeb広告は、サードパーティCookieを用いた行動データの収集・ターゲティングに依存していました。しかし、個人情報保護の観点からサードパーティCookieの活用の規制強化が進んでおり、個人の行動履歴をもとに広告配信や効果計測を行うことが難しくなってきています。
その結果、購買データや会員データといった“小売事業会社が保有する1stパーティデータ”の価値が一気に高まっている状況です。
Cookieの規制に関しては、以前こちらの記事で言及しました。
「データクリーンルームとは?~進むCookie規制に対する新たな解~」(https://www.firstdigital.co.jp/magazine/710/)
②【小売事業会社】新規ビジネスモデルの模索
小売事業会社は、店舗運営・仕入れ・物流を中心とした従来型の収益モデルだけでは成長が鈍化しやすく、粗利率の改善にも限界があります。
その中で、アプリ・ECサイト・店頭サイネージ・CRMなどを既に保有している顧客接点を「広告資産」に変えることで、追加の投資を抑えたまま新しい収益源を創出できる点が評価されています。いまや大手小売の多くが「広告事業」を第二の柱として位置づけ始めています。
③【広告主】広告に求めるニーズの変化
広告主となるメーカー側では、“広告=認知拡大”という従来の考え方から、「広告投資が売上にどれだけ貢献したのか」を明確に把握したいというニーズが強まっています。リテールメディアは、購買データを基点とした精緻なターゲティングや、販促・店頭施策との連動、さらには購買後の詳細なデータ分析まで可能となっており、メーカー側のニーズにも非常に合致しています。
第2章:リテールメディアが生み出す新たな価値
リテールメディアは、小売事業会社と広告主(メーカー)の双方にメリットをもたらす広告モデルです。
ここからは、その価値について3つの観点で整理します。
1.データを基点とした「精度の高いターゲティング」
リテールメディアの最大の特徴は、顧客IDと購買データ(POSデータ)が紐づいている点にあります。これにより、過去に特定カテゴリの商品を購入したユーザーやリピート顧客、高購入頻度のセグメント等を抽出し、購買につながりやすいユーザーだけに広告を配信することが可能となります。
2.売上貢献まで把握できる「クローズドループ測定」
クローズドループ測定とは、顧客IDに紐づけて広告を配信したあと、実際に購入につながったかどうかを測定し、最適化を繰り返すことを指します。
これまでの広告では、オンラインで広告を配信した結果、その人が実店舗で購入したかどうかまでは追跡できず、クリック率などの測定で最適化を行ってきました。
しかし、リテールメディアでは実際の購入やリピート購入まで追跡でき、その結果を踏まえて広告配信を最適化できるため、高い効果が期待できます。
3.ブランドセーフティが担保される安全な広告掲載環境
リテールメディアの広告面は、「小売事業会社が運営するECサイト」「公式アプリ」「店内サイネージ」など、自社管理のメディアが中心です。
これにより、従来のデジタル広告で発生しやすかった「低品質サイトへの表示」「不適切なコンテンツとの隣接」といったブランドリスクを避けることができます。
広告主にとっては「安心して出稿できる媒体」であり、小売側にとっても「信頼できる広告主の出稿により、媒体価値を維持できる」という点で、双方にメリットが有る仕組みとなっています。
第3章:リテールメディアの成功事例
ここからは、リテールメディアについてさらに具体的にイメージを持っていただくために、国内外のリテールメディアの成功事例をご紹介します。
■ウォルマート:世界最大規模の”全方位型リテールメディア”
最も有名なリテールメディアの成功事例はウォルマートです。ウォルマートは、アメリカを代表する世界最大規模の小売事業会社です。食品・日用品・家電など幅広いカテゴリを扱い、全米に4,700以上の店舗を展開しています。近年はデジタル領域への投資を強化しており、EC、アプリ、配送サービス、広告などの非小売分野が急速に成長しています。
ウォルマートは幅広い保有チャネルを活用したリテールメディア「Walmart Connect」を提供していますが、それだけではなく、周辺事業にも力を入れていることが特徴です。
下記は、ウォルマートが提供するBtoB事業の一部です。
- Walmart Connect:ウォルマートの保有チャネル(店舗、EC、アプリ等)において広告を出稿できるリテールメディアサービス
- Walmart Luminate:ウォルマートに集まるデータを活用して、特定のカテゴリや商品に関して、小売店やメーカー等が実用的な知見を得るためのデータ分析サービス
- Marketplace:ウォルマートのサイト上で、顧客企業が自由に自社商品を販売できるサービス
- Walmart Fulfillment Services:マーケットプレイスに出品する顧客を対象にして、業者の代わりに注文処理・返品管理・カスタマーサービスまで提供するサービス
- Walmart GoLocal:ウォルマートの持つ商品配送流通網をあらゆる規模の企業に対して提供する配送サービス
上記のようにウォルマートでは、リテールメディアのような広告サービスだけではなく、分析サービスやECプラットフォーム、さらには配送サービスまで事業を展開しています。最近では金融分野にも力を入れており、広告主となるメーカーに対しても、巨大なBtoBビジネスの包囲網を広げていることが分かります。
■セブン-イレブン:生活導線を押さえた“生活インフラ型リテールメディア”
我々にとって最も身近なリテール企業の一つがセブン‐イレブンです。セブン‐イレブンは日本を代表するコンビニエンスストアで、全国に約21,000店舗を展開しています。日常生活の導線に深く組み込まれているため、国内で最も生活者接点が多い小売事業会社のひとつです。
セブン‐イレブンのリテールメディアの特徴は、「リアル店舗×デジタル接点」をうまく組み合わせたメディア化を進めている点にあります。購買直前の接点が豊富で、広告の影響が売上に結びつきやすいことから、メーカーからの注目度は非常に高い業態です。
特に以下のようなメディア施策・サービスを活用しています。
- 店舗サイネージ:レジ付近や冷蔵ケース上部などに設置されたデジタルサイネージ。購入意欲が高い来店者に対し、商品棚のすぐ横で広告を表示できる点が特徴です。
- レシートクーポン/プロモーション:購買履歴に基づいたクーポンや販促をレシートに出力し、次回来店へつなげる施策を展開。
- 7iD(セブンアイグループの会員ID)とアプリ:2,400万人以上が利用するセブンイレブンアプリと、7iD会員基盤を通じて購買データや利用履歴を収集し、アプリ内でクーポンや広告を配信。顧客IDと購買データが紐づくことで、セグメントごとの精度の高い広告展開が可能。
- グループ横断のデータ活用:セブン‐イレブン単体だけでなく、イトーヨーカドー、Loft、アカチャンホンポなどグループ企業の購買データを横断的に活用する取り組みも推進し、生活者の幅広い購買行動を把握できる強固な基盤。
セブン‐イレブンは「リアル広告としての価値 × データ活用」が両立した、国内でも特徴的なリテールメディアの成功例といえます。
■サッポロドラッグストアー:地域密着型の“生活者データプラットフォーム”
サッポロドラッグストアーでは、北海道を中心にドラッグストア「サツドラ」を展開しており、約200店舗・200万超の会員IDを保有しています。同社は「北海道の地域に関わるあらゆるヒト、モノ、コトをつなぐ地域コネクティッドビジネス」というビジョンを掲げ、小売の枠を超えたデータ活用を積極的に進めています。
リテールメディアという点では、“地域密着×データプラットフォーム型”という独自のポジションが特徴です。ドラッグストア業態は来店頻度が高く、医薬品・日用品など生活必需品の購買データが多いことから、広告主にとって価値の高い生活者データを保有しています。
また、最近ではサイバーエージェントと連携して独自のサービス開発を進めており、様々なリテールメディアを導入・展開しています。
- サツドラアプリ(会員ID × 購買データの中心基盤):アプリやポイントカードを通じて会員情報を集約し、購買履歴と統合。顧客IDごとに商品カテゴリの購入傾向を把握できる環境を整えている。
- Retail Booster:小売店のアプリに特化したクーポン付き動画広告配信サービス。アプリ内で動画広告の視聴完了やアンケート回答をすることでクーポンやポイントを付与し、商品理解と購買を同時に促進することが可能。2025年1月にはサツドラアプリ内で実証実験を行い、高い効果と新規ユーザーの獲得にも寄与。
- リテールコネクト:サイバーエージェントとAWL株式会社との共同で開発された、小売業向け広告事業プラットフォーム。広告事業立ち上げに必要な専門知識やマーケティング基盤の提供を通して広告配信・効果計測・広告運用までを総合的に支援し、小売事業者のスムーズな広告事業開発をサポート。また、「リテールコネクト」を導入した小売事業会社をネットワーク化することで、全国規模でのキャンペーンの実施や、広告主の獲得が可能。
サツドラは、こうした自社アプリ・購買データ・店頭メディアに加えて、外部パートナーとの共同開発によってリテールメディア基盤そのものを拡張している点が特徴です。
第4章:リテールメディア導入のために必要なこと
ここまで、リテールメディアが注目を集める背景から、国内外の具体的な事例までを見てきました。
最後に、導入に向けて小売事業会社が押さえておくべきポイントを整理します。
1.顧客IDと購買データを整備する
リテールメディアの価値は、「誰が、いつ、どの商品を」購入したかを正確に把握できる点にあります。そのため、会員ID・POSデータ・アプリデータなど、保有データの品質を整え、必要に応じてID統合を進めることが重要です。
2.クローズドループ測定ができる環境を整備する
広告接触から購買までを連続的に追跡できる環境(クローズドループ測定)は、広告主にとって最も価値のあるポイントです。購買リフトや売上貢献を評価できるよう、計測指標や分析レポートの形式も事前に整備しておく必要があります。
3.自社が保有する広告資産を棚卸しする
小売事業会社は、店舗・EC・アプリ・SNS・サイネージなど、多くの広告面を潜在的に持っています。まずはどの接点が広告商品として成立するかを整理し、ブランドセーフティを保ちながら在庫管理を行うことが求められます。
4.店頭や販促チームと連携できる運用体制を整える
リテールメディアは広告事業であると同時に、店頭オペレーション・販促活動とも密接に関わります。
そのため、
- 広告枠販売を担う担当者
- 店頭側の調整
- 効果検証とレポーティング
といった役割を明確にし、社内体制として一貫性を持たせることが成功のカギになります。
5.小さく始め、効果をみながら拡大する
最初から大規模な広告ネットワークを構築する必要はありません。アプリ広告や店頭サイネージなど、取り組みやすい領域から始め、購買データを活用した効果測定を通じて徐々に範囲を広げることで、事業としての成功確率が高まります。
まとめ:リテールメディアは小売業にとって新たな収益源となる
リテールメディアは、顧客IDや購買データを基点とした広告モデルであり、小売事業会社にとって「新たな収益源」となる可能性を持った取り組みです。店舗・EC・アプリといった既存の顧客接点をメディアとして活用することで、追加投資を抑えながら広告事業を立ち上げることができます。
一方で、リテールメディアはデータ基盤や効果測定、運用体制など、複数領域の準備が必要となる事業でもあります。顧客データの整理やIDの統合、広告商品やKPIの設計といった戦略的な判断が、事業の成否を大きく左右します。
ファーストデジタルでは、こうした戦略設計からデータ活用の基盤づくり、顧客接点の棚卸しまで、リテールメディア立ち上げに必要な領域を幅広く支援しています。小売事業会社が保有するデータの価値を最大化し、収益化につなげるためのご相談も承っています。
Profile

2023年から株式会社ファーストデジタルにジョイン。




