なぜ最先端の対話型AIは“言い淀む”のか?フィラーワードから読み解く、次世代の共感デザインとUX戦略

- インプットポイント
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- ビジネスシーンで非効率と見なされる”言い淀み”が、実はコミュニケーションにおける極めて合理的な役割を果たす
- AIデザインの思想は、人間の思考速度に寄り添い知性を拡張するための「真のパートナー」を目指す方向へも進化している
- DXにおけるAIの価値は、単なる業務効率化から、「人間の能力そのものを向上させること」へとシフトしている
NotebookLM、Gemini、ChatGPT、Notion AI、Claude、Perplexity、ChatSonic……等々、昨今は様々なAIツールが利用されておりますが、中でも大手インターネット関連企業が提供するAIツールには、AIが資料の内容を自然な音声で解説・議論してくれる機能が備わっています。
もし利用されたなら、多くの方がその「対話型AI」の話し方に、良い意味での「違和感」を覚えたのではないでしょうか。まるで人間が考えながら話すかのように、AIが「えーっと…」と言い淀み、時折、言葉を選び直すのです。不思議なことに、会議で人が同じことをすれば「準備不足だ」と感じてしまうかもしれないのに、AIがやると「人間らしい」と少し感心してしまう。この感覚の違いは、一体どこから来るのでしょうか?
この直感的な違和感こそが、これからのAIと人間の関係、ひいてはデジタルトランスフォーメーション(DX)の本質を解き明かす鍵となります。私達はこれまで、テクノロジーに「速さ」と「完璧さ」を求めてきましたが、その常識が今、大きく揺らごうとしているのかもしれません。
この記事では、コミュニケーションにおいて「ノイズ」とされてきたフィラーワード(言い淀み)が持つ予想外の役割と、それをAIが模倣することの戦略的価値について、言語学、心理学、そしてビジネスの視点から深く考察していきます。
読み終える頃には、あなたのAIに対する見方が変わり、自社の顧客体験(CX)や従業員体験(EX)を向上させるための、新しいデザイン思想のヒントが得られるはずです。
【目次】
- 「フィラーワード」への根強い偏見――なぜ、私たちは「言い淀み」を嫌うのか?
- 言語学と心理学が解き明かす、「無駄」の驚くべき価値
- AIが「人間らしさ」を学ぶ時代――AIの”ためらい”は計算されたUXデザイン
- 「思考の速度」を同期させる。――”ためらい”がもたらす真のビジネス価値
- 終わりに:完璧さの追求から、人間的な共生へ
「フィラーワード」への根強い偏見――なぜ、私たちは「言い淀み」を嫌うのか?
この記事を読んでいらっしゃる皆さんの中には、このような経験はないでしょうか。重要なプレゼンテーションの場で、話し手が「えーっと」「あのー」を連発し、聞いているこちらが少し不安になったり、内容に集中できなかったりした経験が。あるいは、新人研修やスピーチのトレーニングで、「フィラーワードは自信のなさの表れ。可能な限り排除すべき。」と指導された経験がある方も少なくないかもしれません。
ビジネスの世界において、コミュニケーションは、「明瞭さ」「論理性」「効率性」が絶対的な価値を持つとされてきました。特に、限られた時間で意思決定を行う経営層や、ロジカルシンキングを武器とするビジネスパーソンにとって、話の要点が掴みにくい冗長な表現は、単なる「ノイズ」であり、排除すべき対象と見なされてきたのです。
この背景には、産業革命以降、社会全体を支配してきた「効率」を至上とする価値観があります。「時は金なり」という思想は、工場の生産ラインだけでなく、私たちの会話にまで浸透しました。結論から話す「PREP法」がビジネスコミュニケーションの基本とされるように、私たちは最短距離で結論に到達することを善しとし、そこに至るまでの思考の過程・迷いが言葉として表出することを、一種の未熟さと捉えるようになったのです。
この感覚は、認知科学的な観点からも説明可能です。聞き手の脳は、話し手の言葉から意味を抽出し、文脈を理解しようと常に活動しています。そこに頻繁にフィラーワードが挟まると、脳は「これは重要な情報か、それとも無視していいノイズか」を判断するために、余計なエネルギーを使わなければなりません。これは、私たちが無意識に感じる小さなストレスや疲労感の正体の一つでもあります。
このように、文化的背景と脳の仕組みの両面から、私たちはフィラーワードに対し、「自信がないことの表れ」「非効率かつ聞き手を疲れさせるもの」として認識し、コミュニケーション上の「悪」のようなマイナスイメージを持ってきました。
しかし、もしその「悪」とされてきたものに、私たちがまだ気づいていない重要な価値が隠されているとしたら、更に、AIが意図的にその「悪」を模倣し始めたのだとしたら、どうでしょうか。私たちは今、コミュニケーションの本質を捉え直す、大きな岐路に立っているのかもしれません。
言語学と心理学が解き明かす、「無駄」の驚くべき価値
その「えーっと…」には、重要な意味があった
私たちが「ノイズ」として片付けてきたフィラーワードに対し、言語学や心理学の専門家は全く異なる光を当てています。彼らの研究によると、これらはただの無意味な音ではなく、人間が円滑かつ高度なコミュニケーションを行うために必要不可欠な、「洗練されたツール」なのだそうです。
言語学におけるフィラーワードの機能
スタンフォード大学の言語学者ハーバート・H・クラーク氏らの研究に代表されるように、フィラーワードが持つ会話上の機能は多岐に渡ります。
1.思考時間稼ぎ(Cognitive Planning)
私たちは、頭の中で思考をまとめながら言葉を発していますが、特に、複雑な概念を説明する場面/慎重に言葉を選ぶべき場面では、思考と言語化の間にわずかなタイムラグが生じます。「えーっと」という一言は、そのコンマ数秒のラグを埋め、「今、私は最適な言葉を探しています。」という信号を相手に送るため、会話の途絶を防ぐ重要な役割を果たしているのです。これは、CPUが複雑な処理中にビジーカーソルを表示するのに似ています。
2.発話権の維持(Turn-Holding)
会話は、話し手と聞き手が交互に入れ替わるキャッチボールです。もし話し手が次に言うべき言葉を探す際に完全に沈黙してしまうと、聞き手側が「話が終わったのかな。」と判断し、会話に割り込んでくるかもしれません。実際、Webミーティング中などに少し沈黙の間が挟まると、直後に複数の人間が同時に喋り出してしまうような現象がよく見られると思います。このような場面で、フィラーワードは、「まだ私の話は続きます。少々お待ちください。」という、発話権を維持するための明確な合図として機能します。これにより、会話の流れをスムーズに保つことが可能です。
3.予告と注意喚起(Discourse Marking)
フィラーワードは、その後に続く発言の「目的」を予告する役割も担っています。例えば、「えー、つまりですね…」という前置きは、聞き手に対して「ここから今までの話を要約しますよ。」「結論を言いますよ。」という一種の予告信号となります。これを聞いた脳は、無意識に「要約モード」に切り替わり、話の要点を掴む準備を始めます。よって、このような場面で利用されるフィラーワードは、聞き手の理解を助ける高度なコミュニケーション技術と言えるのです。
聞き手(ユーザー)への心理的効果
これまでは、フィラーワードの機能的な役割について説明してきました。ここからは、フィラーワードが発揮する、聞き手にとってのポジティブな効果についてご紹介します。
1.認知負荷の低減
教育心理学者ジョン・スウェラーが提唱した「認知負荷理論(Cognitive Load Theory)」では、人間の脳が一度に処理できる情報量(ワーキングメモリ)には限界があることが示されています。完璧で淀みなく一切の間もないスピーチは、一見すると効率的に聞こえますが、聞き手のワーキングメモリに情報を一方的に送り込み続ける形になり、脳がすぐに処理能力の限界を超えてしまいます。結果、聞き手は情報を取りこぼし、内容を十分に理解できないまま、ただ疲労感だけが残るのです。
対して、適度なフィラーワードや間を含む話し方は、聞き手の脳に対し、情報処理/整理/長期記憶と結びつけるためのわずかな時間的余白を与えることができます。この余白こそが、認知負荷を軽減し、深い理解を促す鍵となります。つまり、一見非効率な「言い淀み」が、結果的にコミュニケーションの効率を最大化する、逆説的な真実がここにあるのです。
2.共感と親近感の醸成
私たちは、完璧な存在よりも、少し「隙」のある存在に人間的な魅力を感じることがあります。フィラーワードで話し手の思考のプロセスが可視化され、相手の言葉探しへの一生懸命さ/考えをまとめようとしている姿勢が見えることで、聞き手はそこに人間らしさや誠実さを感じ、無意識に共感や親近感を抱きます。この「不完全さ」の共有こそが、冷たい情報の伝達を、温かく人間的なコミュニケーションへと昇華させるのです。
このように、言語学と心理学の知見は、フィラーワードが単なる「ノイズ」ではなく、①話し手と思考を同期させ、②聞き手の理解を助け、③両者の心理的な距離を縮めるための、極めて高度な「コミュニケーション・プロトコル」であることを示しています。
AIが「人間らしさ」を学ぶ時代――AIの”ためらい”は計算されたUXデザイン
では、この人間にとっては不可欠な「ノイズ」を、なぜAIが模倣し始めたのでしょうか?人間がフィラーワードを使うのは、多くの場合、無意識的/生理的な現象です。しかし、AIがそれを実行する場合、それは紛れもなく意図された設計のはずです。
なぜAIのフィラーワードは心地よいのか?
私は、冒頭で紹介した「対話型AI」が話すフィラーワードに対し、私たちが「人間らしさ」を感じ心地よく受け入れることができる背景には、一つの重要な認知の違いがあると考えています。それは、人間がフィラーワードを発する際、聞き手側は「能力の限界の表れ(=不完全さの表出)」と捉えるのに対し、AIが発するフィラーワードに対しては、「人間っぽさを模倣した高度なシミュレーション(=意図的な不完全さの演出)」と無意識に理解してしまうのではないか、というものです。AIは原理的に完璧な速度で応答できるはずですが、あえて「そうしない」ということは、何か人間側に配慮した意図があるに違いない、と思ってしまうのです。
対話における「スキューモーフィズム」
この設計思想は、UXデザインにおける「スキューモーフィズム」の概念を応用したものと捉えることができます。スキューモーフィズムとは、現実世界のモノの質感や動きをデジタル上で模倣することで、ユーザーが新しいインターフェースを直感的に理解し、安心して使えるようにするデザイン手法です。かつて、スマートフォンのメモ帳アプリが黄色い紙と破れたような縁のデザインを採用したり、電子書籍アプリがページをめくるアニメーションを取り入れたりしたのがその代表例です。
あの「対話型AI」の”言い淀み”は、このスキューモーフィズムを対話という領域に応用した、「対話的スキューモーフィズム」と言えます。人間にとって最も自然な知的作業のパートナーは、「思考する人間」のはずです。だからこそ、AIは、人間との信頼関係を築くために、あえて「思考する人間」の振る舞いを模倣し、”ためらい” や “言い直し” を意図的に出力しているのではないでしょうか。これにより、ユーザーはAIをただの高機能ロボットとしてではなく、親しみやすい対話相手として認識することができ、より自然なコラボレーションに繋がると思われます。
「対話型AI」における戦略:「思考のパートナー」という役割
この設計思想の根幹には、その大手IT企業の「対話型AI」が目指す、プロダクトとしての役割がありそうです。それは、「対話型AI」が単なる検索エンジンや情報検索ツールではなく、ユーザーの「思考のパートナー」である、ということだと私は考えます。
「対話側AI」がユーザーの思考のパートナーであると仮定すると、その役割は一方的に答えを提示することでは無くなります。問いかけ、共に考え、アイデアの壁打ち相手となり、時にはユーザーの思考を整理するために、伴走してくれる存在です。その「対話型AI」は、この「共に考える」というプロセスそのものを、フィラーワード/間/言い直しにより、よりリアルな質感に寄せて演出しているのではないでしょうか。これは、究極の人間中心設計(Human-Centered Design)思想の現れとも言えます。AIが人間のスペックに合わせるのではなく、人間の「認知のリズム」や「感情の機微」に寄り添う。この思想の転換こそが、私が某「対話型AI」を用いた際の、感動や驚きに直結したのかもしれません。
「思考の速度」を同期させる。――”ためらい”がもたらす真のビジネス価値
これまで見てきたように、某「対話型AI」の “ためらい” は、ユーザーに人間らしい親近感を抱かせる効果があります。しかし、そのビジネス価値は、単なる感じの良さに留まりません。私は、AIが人間の思考速度にあえて歩調を合わせる「認知の同期」をどう使いこなすかという観点が、DX時代における人材の能力や企業の競争力を左右し得る、戦略的な意味を持つと考えます。
複雑な知識やスキルの「インストール」精度を高める
DXの現場では、常に新しいツール/複雑なデータ/変化し続ける業務プロセスに対し、アンテナを張り続けることが大切です。この「学び」の効率と質は、自己の知識・知見の向上だけでなく、企業全体の生産性にも直結します。
ここで、従来のeラーニングやマニュアルがなぜ形骸化しやすいかを考えてみましょう。それらは、情報を一方的に、かつ機械的な速度でユーザーに「伝達するだけ」だからです。受け手である人間の脳が情報を理解し、意味を咀嚼し、既存の知識と結びつけるための「思考時間」を全く考慮していません。結果、情報は右から左へと流れてしまい、スキルとして定着しないことも珍しくありません。
ここに、”ためらうAI”が介在すると、従業員の学習体験は一変します。例えば、新しいデータ分析ツールのトレーニングをAIが行うとします。AIが「まず、このAという指標と…、あとは先ほどのBという顧客データをですね、連携させます。」と、思考の節目ごとに意図的な “間” や “ためらい” を挟むことで、従業員の脳にはコンマ数秒の思考の猶予が生まれます。この僅かな時間こそが、「AとBを繋ぐのか、なるほど」「なぜだろう?」といった内省を促し、受け身の情報受信を、能動的な知識構築へと転換させるのです。
AIの”ためらい” 自体が、人間の認知プロセスにおけるペースメーカーとして機能し、複雑な知識やスキルのインストール精度と定着率を劇的に向上させる。これは、従業員のアップスキリングを加速させ、組織全体の能力を底上げする、新しい人材育成戦略となり得ます。
重大な意思決定の「解像度」を高める
ビジネスにおけるAIの最終的な役割の一つは、より質の高い意思決定を支援することだと思われます。しかし、AIがどれほど正確な分析結果を提示しても、その情報が人間の意思決定者に正しく、かつ深く、的確に伝わらなければ意味がありません。
例えば、市場の急変/セキュリティインシデントといった、緊急かつ重要な局面でのコミュニケーションを想像してみてください。もしAIが、分析結果を淀みなく、平坦なトーンで「売上低下の要因はAが35%、Bが28%、Cが19%…」と報告したとしたら、聞き手はどの情報が重要なものか把握しづらく、問題の優先度等の判断や、その情報の本質的な意味の理解を瞬時に行い辛いでしょう。
一方で、”ためらうAI”は、情報の伝達に「物語性」と「焦点」をもたらすことができます。
「データを多角的に分析したところ、いくつかの要因が浮かび上がっています。しかし…最も注意すべき点は、えー…、これまで見過ごされていたCという指標の急激な悪化ですね。この点こそが、今回の問題の根幹にある可能性が極めて高いと考えられます。」
このように、戦略的に “ためらい” や “間” を挟むことで、AIは情報の序列を明確にし、聞き手の注意を最重要ポイントに集中させることができます。単に情報を伝えるだけでなく、「この情報のどこに注目し、どう解釈すべきか」というメタメッセージをも同時に伝えることができるのです。
これにより、聞き手は、複雑な状況の中から本質を素早く見抜き、より解像度の高い理解に基づいて行動を起こすことができます。AIの “ためらい” は、単なる情報の伝達を、質の高い意思決定を促す「戦略的ブリーフィング」へと昇華させるのです。これは、様々な情報があふれ、変化の激しい現代において、より効率的な情報吸収/状況判断をするための、強力な補助ツールとなり得ます。
終わりに:完璧さの追求から、人間的な共生へ
フィラーワードという、私たちの日常会話に潜む些細な「ノイズ」。本稿では、某大手インターネット関連企業の「対話型AI」によるその模倣への着眼を皮切りに、AIのデザイン思想、企業の競争力を左右するDX戦略、テクノロジーと人間の未来の関係性等、多くの示唆について考察してきました。
しかし、この「共感をデザインする力」は、強力であるからこそ、私たちも最大限注意してこの技術を受け止め、利用しなければならないように思います。人を惹きつけるこの技術は、一歩間違えれば、ユーザーを巧みに誘導して不要なものを買わせる「ダークパターン」や、現実の関係性から人を遠ざける「過度な依存」、偏った情報のアピールによる「誤った判断」にも繋がりかねません。
ここには、「真の『人間中心設計』とは何か」という問いが浮かび上がってくるように思います。それは、単に人間の認知特性に合わせて使いやすさを追求するだけではなく、私たち自身が人間の認知/想像性/理解の脆さを理解し、安全かつ倫理的な利用方法をいかに構築・思想するかという視点をも内包しているのではないでしょうか。
私たちDX推進に焦点を当てる人間が目指すべきは、完璧でミスのないAIという、SF的でディストピア観に溢れるようなものでは無いはずです。AIが得意とする情報処理能力と、人間の持つ観点/直感/倫理観/創造性、その両者が、互いの不完全さを補い合うこと。そのために、AIと人間のより良いパートナーシップのためには何が必要となるか考えること。それこそが、DXがもたらす最も豊かな未来を創造することに繋がるのかもしれません。

- マガジン編集部
- この記事はマガジン編集部が執筆・編集しました。
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